「鯛焼きひとつ、鯛抜きで」

クリープハイプとPublic Relationsが好きな、webライターの雑記

「経営者」としての尾崎世界観のあり方が、PRドリブン経営の重要性を示す

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小さな会社の経営者、尾崎世界観

尾崎世界観は、クリープハイプという「会社」で「PRドリブン経営」を実現している天才経営者ではないか。

2019年10月20日に発行されたクリープハイプ『バンド』を読み返し、ふと思う。

 

こちらの本の帯には、「このバンドを小さな会社だと思っている」という尾崎世界観の語りがある。そこで、コロナで有り余る時間を利用し、クリープハイプを「会社」・尾崎世界観を「経営者」として分析していると、尾崎世界観の類稀なる「経営者としての実力」がわかった。

そこで今回は、日本では非常に稀有な、「PRの視点を持った経営者」(恐らく、生来持ちあわせていた)としてのコミュニケーション方法を分析することで、尾崎世界観の凄さ(のごくごく一部)を詳らかにしてみたい。

※もちろん、彼は「経営者」ではなく「いち社員」として自認しているだろうが、ここではあくまで仮定として尾崎世界観を「経営者」と設定する。

分析の材料として用いるのは、書籍『バンド』に掲載された、クリープハイプに所属する尾崎世界観以外の3名小泉拓・長谷川カオナシ小川幸慈の語りだ。

 

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「PRドリブン経営」とは

「PRドリブン経営」とはPRを(起点として)組織運営の根幹においた経営モデルを指し、日本ではコンカー代表取締役の三村真宗が代表例として挙げられる。 

 

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コンカーの場合、井之上パブリックリレーションズと連携したガバメント・リレーションズによる規制緩和が有名だ。だが、PRとはガバメント・リレーションズだけではない。Public Relationsなのだから、対象はPublic。広範である。

そのなかで、尾崎世界観がフロントマンを務めるクリープハイプは、「エンプロイー・リレーションズ」と「カスタマー・リレーションズ」を重視しながら、PRの必須要素「双方性コミュニケーション」と「自己修正」を体現していることが、『バンド』におけるメンバーの語りから見えてきた。

※PR:「個人や組織体が最短距離で目標や目的を達成する『倫理観』に支えられた『双方向性コミュニケーション』と『自己修正』をベースとしたリレーションズ」(井之上PRの考えるPRとは | 総合PR会社 株式会社井之上パブリックリレーションズ

 

小泉拓の語り

 尾崎くんの姿勢のなかでは、ライブやレコーディングに関わるスタッフの意見を訊くことは、見習ってきました。

 訊かないと教えてくれないスタッフもいます。でも、尾崎くんは自分から訊くんです。おれは最初、「自分の出来不出来は、自分自身がいちばんわかっている」と思っていたのですが。

 でも、尾崎君とスタッフのあいだのやりとりを見ていると、「自分のなかでの成功と失敗」と、「まわりから見ての成功と失敗」とは、どうも、かなりちがうようでした。なるほど、それなら、まわりから見た状況も、知らないとソンだなぁと思うようになった。

だから、客観的に見てどう捉えられるか、という意見を素直に受け入れたほうが、聴いてくれる人をはじめ、みんなの思う理想像に近づけるように感じています。(『バンド』クリープハイプ, p.58-59)

 

多くの人は、「自分から見て」その行動が成功だったか失敗だったか振り返る。なぜなら、その方が簡単だからだ。自分の行動を自分で振り返る。この営みは1人で十分可能だ。

しかし、尾崎世界観は「自分だけ」の独りよがりな反省をしていない。自身の手応えにかかわらず、周囲の声に耳を傾け、求められている姿にバンドもとい所属組織を近づけていく。 これぞまさに、双方向コミュニケーションによる自己修正だ。ことばにすれば簡単に思えるが、自分や組織の見たくない部分にも目を向けることになりかねないからこそ、これができるリーダーは強い。

 

長谷川カオナシの語り

 その後、どういうふうに四人のあり方が変わって、クリープハイプというバンドへの認識が変わっていったのかについては……いろいろなやりとりを経ています。

 個人的に言えば、メジャーデビューしてしばらく経った時点でさえも、私は、もともとのクリープハイプのイメージをわりと大切にしていました。それが、「そうではなくなっていった」のは、尾崎さんとディスカッションを続けるうちに、です。(『バンド』クリープハイプ, p.102-103)

 

尾崎世界観は、もともと自分に対して固定されたイメージを持っているメンバー(クリープハイプという小さな会社の社員)との双方向コミュニケーションを通じて、所属組織に対するイメージのすり合わせを行った。

井之上喬に言わせれば、エンプロイー・リレーションズの究極の目的は、「組織体と構成員の相互信頼を構築すること」だ。この実現に必要となるのが、「左右対称双方向性コミュニケーション」である。企業で言うと、経営者が従業員と同じ場でランチをとる、フォーカスグループを形成するなど、上下方向・一方向ではないコミュニケーション。お互いに話し合うことを通じて、新たに戦略修正をするための材料を集める……まさに尾崎世界観がやっていることではなかろうか。

 

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彼が双方向性に固執していたことは、以下の部分からも読み取れる。

 

  新しく入った三人のメンバーたちは、「お客さんをはじめ、外から見たクリープハイプというバンドへの期待は、おそらく尾崎世界観ひとりに集中しているだろう」と捉えていた。

 しかし、尾崎さん自身は、まだ加入したての段階から、ぼくたちメンバーからのちがう意見や、「それは、間違っている」という指摘かなんかを欲しがっていたように思うんです。

 これは、あとで、今までのバンド内のコミュニケーションを振り返って、そう思うことなのですが。

 つまり、尾崎さんは、もっとデコボコしたやりとりを求めていた。バンドとして、おたがいにもっと指摘しあったり、話しあったりして前に進んで行きたかったのだろうと思います。その後、実際にそうなっていったのは、尾崎さんにとってよかった。

 でも、ぼくたち三人が正式に加入してからメジャーデビューまでは、比較的「すぐ」だったこともあって、指摘し合う関係にはなれていなかった。バンドとしての人間同士のディスカッションを充分にしないまま、メジャーデビューをしてしまったところもあったように感じます。(中略)尾崎さんには、当初から、私たちメンバーへの期待があった。しかし、それと、外から見られていた「クリープハイプとは、尾崎世界観の個性が際立つバンドである」という当時のイメージとのあいだのバランスが、悪いままだった。(『バンド』クリープハイプ, p.109-111)

 

興味深いのは、ここでもやはり尾崎世界観は「外から見たクリープハイプ」を意識している。メンバーとの対話を通じて、「尾崎世界観の個性が際立つバンド」とのイメージを持つ聴き手、いわばカスタマーとの関係構築にも役立てようとしたわけだ。

そんな彼だから、バンドメンバー全員との双方向コミュニケーションを通じて、1つの組織をつくっていく。ゆえに、全員の意見を盛り込むことは忘れない。

 

  私が、曲づくりのなかで構成にたくさん関わるようになったのは、加入してしばらくしてから、「曲について、カオナシが喋っているから、まず、その意見を消化しておこう」とみんなが思ってくれて以降だと思います。(中略)でも、構成って言っても、結局はその後も四人で詰めていくわけです。そこは、深まっていくコミュニケーションです。最終的には「誰が最初に喋るか」ってことにすぎない。結局は、四人みんなの考えを入れていくことになります。(『バンド』クリープハイプ, p.119-120)

 

ここまではエンプロイー・リレーションズ中心に論じてきたが、忘れてはいけないのは彼が「聴き手」つまりカスタマーに対しても双方向のコミュニケーションを忘れないことだ。

 

 では、プロなんだからやらなければいけないこととは、なにか?

 たとえば、「おれは今日、あいつに言ってやった」みたいな満足感って、あると思います。しかし、その「あいつ」がわかってくれなければ、言ってやった意味がない。

 わかってくれる。わかって、なにかをやってくれる。そこまで行かなければ、意味がないと言えるわけです。絵にしても、描いただけではなく、描いたことによって、なにかが変わってくれるのでなければ描いた意味がないのかもしれない、と私は思います。

 そういうなかで「伝える」までやりきるのが、私にとっての、今の段階での「プロ」という存在です。

 なおかつ、現実的なことを言えば、その「伝える」ところにお客さんからの需要があり、こちらは供給していくというバランスも生じるのが「仕事」なのでしょう。

 だから、ぼくにとって、尾崎さんから教わった「プロとはなにか」は、出した音が「伝わるところ」まで行っているかどうか、なんです。(『バンド』クリープハイプ, p.127-128)

 

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「伝える」は、自分視点の行動。一方、聴き手がどう受け取ったか知るためには「伝わる」の視点が不可欠だ。自分が何を発信して、それをどう受け取ったのか。

しかも、自分を否定するような内容であろうとも、カスタマーの意見をきちんと吸い上げ、反映を試みる。これもまた、双方向性コミュニケーションと自己修正である。

 

 ぼくは、バンドを舟にたとえるなら、仲間として漕ぐけれども舵は取っていません。だから、お客さんからの声はほとんど気にならない。

 でも、尾崎さんは、そういう声をしっかり聞いてよく気にしています。 「ノイジーマイノリティなんて、気にしなくていい」と伝えても、尾崎さんは、ちゃんと気にしてそれを力にしていく人。

 だから、バンドをつくる構図として、それは良いと思っています。尾崎さんがほんとうに我慢できない時には、ぼくたちが支えなければいけないでしょうけれども。

 そのノイズが、マイノリティで、なおかつ雑音に過ぎないような偏ったものであっても、尾崎さんがその後にしてきた舵取りって、そのつど間違っていなかったと思うんです。お客さんの声を拾って、いい方向に行き続けている。(中略)だから、そういう「クレームはクレームとしていったん受け入れる」という態度は、いいなと思います。(『バンド』クリープハイプ, p.137)

 あらためて、クリープハイプというバンドの魅力はなにかと言えば、やっぱり「尾崎世界観がすごい」というのがひとつあります。

 平場で、楽器を持っていない状態で会っても、人間として魅力的です。それから、つねに「トライアンドエラー」に開かれている気持ちがある。

 こわがって安全なところに閉じこもるのではなく、外からの意見に開かれている。

 勇気を持って、そういうたくさんの人たちの「いいことばかりではない声」をモニタリングし続けて、その後がすごいのですが、反省するべきところは反省し続けている––––。(『バンド』クリープハイプ, p.145-146)

 

一貫してPR的視点を持つ彼がフロントマンを務めるクリープハイプ……経営者を務める会社だからこそ、成功を収められたのだろう。

PRドリブン経営の成功例が、こんな身近に潜んでいたとは。

 

小川幸慈の語り

さぁ、最後はクリープハイプのギター、小川幸慈の語りにフォーカスする。

彼の語りは、序盤で触れたエンプロイー・リレーションズの成功例としてわかりやすい。一気に見ていこう。

 

 まわりの人たちは、「いいじゃん、ユキチカ」「おまえ、おもしれぇなぁ」みたいに言ってくれていた。でも、その時点でもすでに知り合いで、そのライブも観てくれていた尾崎は、すぐにダメ出しをしました。「あと一曲ぶん、時間が残っていたのに、ああいうことをするのは良くない」と。

 たしかに、最後にあと一曲やる予定で、しかも、それがバンドの代表的な曲と言えるものだった……。

「やらなきゃいけない曲があるのに、そういう中途半端なことをしたらダメなんじゃないの?」と怒られたんです。そういう姿勢は、当時から尾崎らしかったと思います。

 ひとつずつの指摘が、正確なんです。(『バンド』クリープハイプ, p.173)

 尾崎は、おれがいたバンドも含めて、ほかのバンドにいた同世代の人たちとちがっていた。それはどこかといえば、もう少し、現実的に「どう、バンドを売っていけばいいのか」も観ていたところが、まずは大きかったように思います。

 クリープハイプのフロントマンとして、現実を「俯瞰で」というか、かなり客観的な視点で見ているやつだな、というのは出会った頃からずっと思っていました。そういう尾崎らしい視点に、ぼくはすごく刺激を受けてきた。

 それこそ、クリープハイプのサポートメンバーになる前から、「ライブでめちゃくちゃやるなら、演奏はむしろ技術的に優れていたほうが、説得力があってかっこいい」と、ひとことで本質的なアドバイスを伝えてくれたように。

 尾崎の言うことは、いつも、的を射ているんです。

 いまもそうなんですが、とても正確にものを言う。そういう尾崎が、俺のフレーズをほめてくれたこともあった。それから、「小川くんは、あのバンドのなかで、音楽についていちばん真剣に考えている」というようなことを、なにかのタイミングでサッと言ってくれたりもしていた。そういうことなんかが、すごくうれしいこととして記憶に残っていました。

 じつは自分でも、その頃の環境のなかではおれだけが音楽についてしっかり考えているようだけれども、まわりはちがっていて、そこに「きしみ」が生まれているんじゃないか……と、誰にも相談しないけれども思っていましたから。(『バンド』クリープハイプ, p.184-185)

 

本音でぶつかることは、コミュニケーションの基本だ。従業員と腹を割って話し合い、信頼関係を構築する。また、褒めて従業員の満足度を高めることもその一助になっているだろう。

面白いのは、この双方向性コミュニケーションがうまくいっていない組織が機能不全に陥る例も示されている点だ。小川幸慈は、決して思い入れが浅くない、学生時代から続けていたバンドを脱退(いわば退職)して、クリープハイプに飛び込んだ(入社した)わけだ。

 

 尾崎の進化は、それはもうたくさんあるんだけれども、個人的には、とくに『世界観』や『泣きたくなるほど嬉しい日々に』というアルバムをつくるにあたって、クリープハイプの音楽的な武器をどんどん増やしていったプロセスがすごいなと思ってきました。

普通は、作品を出し続けてレコーディングの回数を重ねるほど、「できること」と「できないこと」がわかって、ともすると「落ち着く」ことになってしまう。しかし、たとえば、『世界観』というアルバムには、逆に冒険的なアプローチで臨んで、ブラックミュージック的な要素を足していくというような、新しい舵を切ってくれた。つねに自由で、改めている。(『バンド』クリープハイプ, p.218) 

 

姿勢の根本に「自己修正」。どこまでも、徹底している。

尾崎世界観が「このバンドを小さな会社だと思っている」と言ってくれたため、今回の試みが思い浮かんだ。現代の日本社会で、会社ではない組織がPRドリブンな組織が成功を収められると証明したことは、PRの重要性を語る上でいい材料になるだろう。

クリープハイプというバンドを会社として見なすことで、現実の会社が成功を収めるヒントを得たわけだが、実はもう1つ、切り口を見つけた。

それは、ダイバーシティ経営だ。

ダイバーシティ経営を推進する企業が成功を収める例としてもクリープハイプはふさわしい。これもいずれ、小泉拓・長谷川カオナシ小川幸慈の語りをもとに文章化してまとめたいと思う。